機械が風邪をひく
世の中、一見無意味に思えることが、じつは面白かったりする.
昨今、大手テック企業や学術研究機関が人工知能の研究開発にしのぎを削っているが、人型ロボットの開発においてもその競争は顕著である.とくに米テスラ社の人型ロボットは最近、バーテンダーとしての業務をこなしたり、花に水をやったりするなど、その人間らしい動きが話題を呼んでいた.
しかし、それらはすべて合理性という3文字に特化されたもので、結局は産業用ロボットにすぎない.物を運んだり、特定のタスクをこなしたりするなど、あくまで人間の作業をアシストないしは代替するという立ち位置で開発されているものがほとんどであって、人型という名称に反してヒトがもつ機能の多くは排除され、徹底的な効率化と省電力化が図られている.(至極当然のことであるし、それを批判するつもりもない)
ここで、「ヒトにはできるけれど、ロボットに実装する意味がない」ことを色々と考えてみようと思う.
- 呼吸をする
- 体温を維持する
- 筋肉や脂肪、内臓がある
- 労働して収入を得る
- 食料や服などを購入する(出費)
- ものを食べ、飲み物を飲む
- 汗をかく
- 病気にかかる
興味だけに従って
私はかつて、「真にヒトっぽいロボット」を作ろうと考えたことがある.というか今も考えている.ヒトのような外見、質感はもちろんのこと、先に述べたような化学的な代謝反応を含め、ヒトがもつ生理的機能をすべて機械の中で完結できるロボットを設計しようと試みたのである.理由は単純な興味にすぎず、先のような機能を入れたら面白そうだと思っただけである.しかし、当然ながらそれは簡単ではなく、とくに消化酵素などの有機的な物質の置換にいたっては敷居がかなり高いというのが現状である.(私の脳内の話をすると、他の部分はある程度設計のプロットができたのだが、この有機的な物質の置換に限っては全くアイデアが出てこなかった.)すべてを実装するのは短期的には無理ゲーと判断したものの、その前段階としてなるべくそれに近いロボットを作ることを決心したわけである.さらに言うと、ヒトを模したロボット(特に表情制御の領域)は既に先行研究が盛んで、開発競争も激しい.(私の尊敬している石黒浩氏もその第一人者である.)加えて、本物のヒトの顔を再現しようとする際には決まって、不気味の谷現象に悩まされることになる.先行事例が少ないフィールドはどこかと考えたときに、解として出てきたのが、2次元の世界である.あとから考え直しても、我ながら素晴らしい解を出してしまったと思う.2次元キャラクターに関しては、言わずもがな、その研究開発の成果を世間から常に注目されている大手企業や、科研費を使う学術研究機関は絶対やらない、というかできないのである.さらに、本物のヒトを再現するのでないから不気味の谷現象も回避・軽減できる.これは勝った.バッターなら確信歩きだ.
よく考えてみれば、「推しを画面から連れてきたい」という、これまでは笑い飛ばされていたような願望も実現できるのではないか.イラストが現実世界に現れたとき、ヒトとの間にどんなインタラクションが生まれるのか.考えるだけで、楽しみで仕方がない.ただ、中途半端な再現では成果を生まないどころか、キャラクターへの侮辱という負の結果を生みかねない.やるなら完璧にやらなければならないというのが実際のところである.倫理的な観点については、「キャラクターと人間のインタラクションに関する倫理的考察」という文書(現在執筆中)を後ほど公開する予定であるから詳しくはそちらを参照されたい.
以上の経緯を踏まえて確信歩きをしつつ、まず一塁を目指して始めたのがこの「Waifu3.0」プロジェクトである.
2次元のイラストと3次元のフィギュアなどでは、どうしてもその見た目というか、受ける印象というかが変わってきてしまうようだ.「イラストでは可愛いのに、フィギュアになると微妙」などということが私の中では多々あった.「どこか違う」「何かが一致していない」と常々思っていたのだが、果たしてそれは努力次第で一致させられるものなのか、絶対的な限界点があるのか、私にはわからなかった.先述した生理機能の実装に加えて、このような点を検証するという意味でもこのプロジェクトを遂行したいと考えている.ここで、私の目指す光景をよく表した画像があるので紹介しておく.かつてホロライブプロダクションが打ち出していた広告である.「あたらしい日常は、すぐそばにいる」とのキャッチコピーとともに、VTuberと現実世界の人間が同じ場所で過ごしている様子が描かれている.(Fig. 1, Fig. 2, Fig. 3)
Waifu3.0の遂行において、主要なポイントが幾つかある.一部を紹介する.
ポイント1.アニメキャラクターの表情再現
これはこのプロジェクトを始めてから気づいたことであるが、人間のもつ、相手の表情を認識する能力というのは恐ろしいまでに高度である.ネットから適当なイラストを拾ってきて、たとえば眉毛などを隠してみたり、ペイントツールで少し角度を変えてみたりすると、受ける印象は驚くほど変化する.これはイラストレーターの方々などであれば常識的なことなのかもしれないが、なにせ私はそのへんには縁がないので、恥ずかしながら今の今まで気づかなかった.機械を用いて表情を制御する場合、いかに正確にそれを行う必要があるかを痛感させられた経験であった.とくにアニメキャラクターは実際のヒトには作れないような特有の表情をする場合が多い.そのあたりをいかに精密に再現できるかというのが、今回のプロジェクトの最大の鍵となりそうだ.
ポイント2.ヒトらしい動作
これはあくまでこのプロジェクトのコンセプトから見た場合の話であるが、産業用をはじめとする既存の多くの人型ロボットにおける致命的な欠陥は、モーターを使用していることである.何らかの作業をするには一定のパワーや精度が必要なのだから何も不思議な話ではないのだが、このプロジェクトにおいてそれは通用しないと思っている.動くたびに音がするキャラがいてたまるかという話である.音に限らずとも問題はある.いかにもロボットらしい動きだ.「ロボットのマネしてみてよ.」と言われたときにするような動きのことである.この元凶は何かと考えると、やはりモーターをはじめとする、精密な制御のアクチュエータだ.正確に座標を決め、そこまで動かすという方式なのだからあのような動きになってしまうのは仕方ないことだが、やはりこのプロジェクトにはふさわしくない.すなわちデジタルアクチュエータを採用した時点で死に等しいのである.
代替としてバイオメタルなどといったアナログ的なアクチュエータを検討しているが、これらはパワーが少ないのが欠点である.表情や指先を動かすことは可能だが、ただでさえ難しい歩行などの動作をこれで行うのは不可能に近い.しかしながら、理念に反する部品を実装するよりは歩けないほうがまだマシである.歩行機能の実装は一旦見送らせていただく.
新たなカテゴリーを定義する
人型ロボットは、その多くがアンドロイド、ヒューマノイドなど多様な名称によって分類されている.しかし、私が目指すロボットをこれらに分類するのはなにか違う気がする.ヒューマノイドと呼ぶのも気が引けるぐらい精巧なものを作りたいのである.そこで、「Waifu3.0」という単語を以下のように定義したい.- 白嶺電子研究所が行っている人型ロボット製作プロジェクトの名称.
- 白嶺電子研究所によって製作された、2次元キャラクターを再現したロボットの名称.
最初のプロジェクト
Waifu3.0ではこれからいくつもの機体を製作していきたいと考えているが、その最初の製作プロジェクトとして決定したのが「海祇計画 / Watatsumi Program」である.Waifu3.0の子プロジェクトに当たる位置づけで、対象は「原神」のキャラクター「珊瑚宮心海」である.私の好きなキャラクターの中からいくつかの観点で絞ったのだが、詳細な決定理由は後ほど公表する予定だ.(ちなみになぜ「Program」なのかというと、「〇〇プロジェクト」といった名称が多すぎて避けたにすぎない.あと、アポロ計画が「Apollo Project」ではなく「Apollo Program」であったから少しばかりあやかってみた.)常に考え続ける
他の機体にはない特徴は何だウチの心海だけの特徴は何だ
他に勝っているのはどこだ
他所の真似になってはいけない
これらを見失ってしまっては、成功は遠い.常に自分の頭で考え続けていきたいものである.
おわりに
ロボット工学などの学術的なフィールドでは私はまだまだ未熟者である.いや、未熟者にすらなれていない.先行研究を探したり、論文を読んだりするたびに無知を痛感する.自らの浅学を反省する次第である.この文書にも至らぬ点が多々あったことと思うが、ここは現時点での私の考えの記録という意味で、そしてこのプロジェクトの成功への期待を込めて、筆を擱きたい.令和6年10月28日 白石明